簿記学習の重要性と税理士の役割

つじ会計事務所  所長 辻 達博 

1 日本における簿記知識の現状

 小学校、中学校の教員をしている人によく尋ねる事がある。「学校の先生の中で、簿記が分かる人はどのくらいいますか」と。答えはいつも同じで、「簿記が分かる先生は、ほとんどいないと思います」である。
 市役所の職員にも同じことを聞いてみた。市役所の場合は、商業関係の高校や大学の商学部出身の人がいるので、その人達は簿記が分かる部類に入る。しかし、かなりの少数派であろう。
 会社においては、経理の知識が不要という部署は少ない。営業職であっても、取引先の経営状況が分からないでは困る。研究部門の人でも、商品化を考えるときの損益計算として、簿記の知識は必要である。
 簿記は、分かる人と分からない人との差が大きいといわれている。そして、知らないために苦手意識を長く持っている人が多い。
 しかし、簿記の基礎を学ぶ場合、全く知らない人でも、1ヵ月もあれば日商簿記検定3級のレベルまで到達するだろう。
 国や地方公共団体の議員も、大事な歳入・歳出を審議するためには、特に簿記の知識は必要であろう。今の行政機関は、私企業に例えると、売上の何倍もの負債を抱えるところばかりである。いろいろな原因があるが、簿記の知識が不足していることも大きな要因ではないだろうか。

2 義務教育段階での複式簿記学習

 簿記の知識は、経済活動や社会生活のあらゆる場面で役に立つ。したがって、簿記は義務教育の段階で教えるのが良いと考える。中学2年生ぐらいが適当ではないだろうか。
 そして、全国民が簿記を分かるようにしなければならない。現在の科目の中では、数学または社会科の中の入れる事が適切だと考える。将来的には、中学校の教師が指導に当たることが望まれる。
 生徒が学んだ簿記は、そのまま社会科学系の学問への興味につながり、将来、税理士や公認会計士などの専門家の道に進む人も多くなるであろう。
 そして、その専門家は、民間だけにとどまらずに、行政の業務の中においても必要とされる。医者を例にとってみると、民間で活躍する人もいれば、国立・県立・市立などの特別公務員として活躍している人もいる。税理士・公認会計士の資格を有している人が、専門知識を持った公務員として行政の中で腕を振るうことは、財政健全化の観点からも大いに期待されることであろう。
 国民全体が簿記の基礎知識を持つことによって、市場経済である日本の国力は増大することになる。小さい会社であっても、社長からパートタイマーまで全員が簿記を理解することにより、利益の計算方法を知り、正常な経営を行いやすくなる。
 明治時代に福沢諭吉が日本に簿記を取り入れてから、まだ日が浅い。日本人特有の勤勉な国民性もあり、義務教育の中で教えれば、必ず身に付くものと考える。  大学の経営学部、商学部などでは、多くの学生が簿記を学んでいる。そして、その学問のベースとして、簿記の学習に比重が置かれている、その基礎になる部分を大学に入るまで学ばないというのは、やはり違和感を覚える。
 義務教育や普通高校では、簿記を学ぶことはほとんどない。その後、大学で簿記の授業のない学部にいれば、習う機会のないまま社会人となる。
 最近は、企業に就職した後に取得を要請される知識や資格として、簿記と英語が常に上位に来ている。両者を比較してみると、英語教育に比べて、簿記教育は時間帯効果が非常に高いものであり、有益だといえるであろう。
 こうしたことから、中学生の段階で簿記を学習することは、極めて重要であると考える。

3 税理士の登用

 義務教育の中で簿記を教える場合は、誰が教えたらよいのであろうか。中学校の数学の教師は、必ずしも簿記の知識を十分に有しているわけではない。
 そこで、税理士の出番である。
 数学の教師を集めて簿記を教え、その教師が生徒に教えるというパターンと、ダイレクトに税理士が中学生に教えるパターンの二つが考えられる。私は、当面は後者がよいと考える。
 将来の日本の経済社会を担う若者に対し、地域密着型の専門家である税理士が教えることにより、税理士という職業の認知度も高まり相乗効果が期待できる。
 現在、租税教室を通して、税理士会と中学校とのパイプができつつあるので、会計に強い国家・国民を目指して舵を切る時ではないだろうか。


平成24年5月15日発刊の税理士界新聞に掲載されました!